令和国際大学

グローバルビジネス学科コミュニケーションデザイン学部

2019-05-20 実はキャリアの岐路にあるルロイ・サネ

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2018-2019シーズンのルロイ・サネの成績は14ゴール10アシスト。23歳という年齢、更には彼がマンチェスター・シティというビッグクラブにいることを考えても、これは誇るべき数字だと多くの人が思うだろうし、事実、残した数字だけを見れば十分に立派である。しかし、サネ本人にとっても、シチズンズ(マンチェスター・シティのサポーターの愛称)にとっても、今シーズンのサネのパフォーマンスは十分であったとは考えにくいのが正直なところではないだろうか。

2017-2018シーズンのサネは圧倒的だった。長距離のスプリントであればアーセナルオーバメヤンに勝るとも劣らない光のようなスピードに加えて、更に彼にはシュートセンスまでもある。昨年の彼は若干22歳にして世界最高のウインガーの一人にまでなった。そんな順風満帆だった彼のレギュラーを脅かしたのは、なんと当初はインサイドハーフのバックアップとして考えられていたベルナルド・シウバである。シティに加入してから2シーズン目になったこの小さなポルトガル人は、加入当初はレギュラーを掴みきれず、半ばデ・ブライネのバックアッパーのような立場に甘んじていた。それもそのはず、昨シーズン、フェルナンジーニョと並んでデ・ブライネに掛かる戦術的比重は非常に大きく、千里眼のような視野、矢のようなキラーパス、そして膠着状態を一瞬で打開するミドルシュート、更には状況次第ではウィンガーとしても振る舞えるユーティリティ性などで八面六臂の活躍。昨年のシティは、まさに「デ・ブライネのチーム」であった。そんなデ・ブライネが、今シーズン当初、怪我で欠場を増やしていたが、そのポジションを埋める形でレギュラーに収まっていったのがベルナルドである。前述のように、昨シーズンのデ・ブライネはどのチームも欲しがるクラスの選手だっただけに、彼の不在を心配するファンは少なくはなかったが、次第にインサイドハーフとしてフィットし、デ・ブライネとはまた別の脅威を相手チームに与えるようになっていった。

しかし、それだけで終わらなかったのがベルナルド・シウバの恐ろしいところだった。インサイドハーフとして出色のパフォーマンスを続けるだけでなく、更に持ち前の適応能力で進化を重ね、当初は試験的に運用されたであろうウイングのポジションでも素晴らしいパフォーマンスを重ねていったのである。ペップは傍目には突発的にしか見えないこの手のマルチロールテストを好むが、そんな中でもベルナルドは易々と合格点を挙げてみせたのだ。インサイドハーフとしてもウイングとしてもかなりの高水準のパフォーマンスを見せられるのは往時のイニエスタを彷彿とさせるが、ベルナルドはイニエスタよりも更にアグレッシブにプレーする。1.5倍速でプレーし、僅かな隙間を見つけるとアジリティーを生かして侵入、そしてコースが空けば左足を鋭く振り抜いてシュートを突き刺して、更にはネガティブ・トランジションにおいては即座にファーストディフェンダーとして獰猛に相手に食らいつく。加えて、状況を見てインサイドハーフの選手とポジションチェンジをしたり、下がっていってビルドアップの手助けをしたりまでも出来る。あらゆる局面においてここまでスペシャルな選手へとベルナルドが進化し、更にはチームの戦術的行動をもう一段進化させたことは、クラブにとっては嬉しい誤算であった。ただ、その誤算を手放しで歓迎できない唯一の選手がルロイ・サネだっただろう。彼はシーズン開始時にはインサイドハーフの控えだった選手に、自分のポジションであるウイングを奪われたままシーズンを過ごすことになったのだ。しかも、ベルナルドによって、求められる戦術理解度が一段と深まってしまった。サネにとってはより難しい状況となったのである。

更に、追い打ちをかけるように、サネの序列は、当初のベルナルドと同じようにチームにフィットしきれていなかったウィンガー・マフレズよりも下となりつつあることまでもが明らかになった。それを象徴的に示したのが勝ち点98を記録し、優勝を決定させた最終節である。この試合、ベルナルドがインサイドハーフとして先発出場したにもかかわらず、右ウイングの先発にはサネではなくマフレズの名前があった。同じく先発しながらもトッテナムとのCL第1戦で何の活躍も出来ず、CL敗退への遠因となってしまったことからも期するものがあったのだろうマフレズは、この試合では别人のように躍動。素晴らしい状況判断を重ねてゲームにうまく入って関与し続けるに飽き足らず、なんと優勝を決定づけるアシストとゴールまでも決めてしまった。短期間で自分に足りないものを理解し修正したマフレズが躍動してチームを優勝に導いたこの光景を、サネは一体どんな心境でベンチから見守っていたのだろうか。

また、今シーズン進歩を重ねていたのはマフレズやベルナルドだけではない。逆サイドを見れば、昨シーズンは不動の両翼としてコンビを組んだ左ウイングのスターリングもまた、さらなる進歩を重ねていた。シティの選手の中で数少ないペップからの「裁量」を与えられるまでに至った彼は、PFA年間若手最優秀選手賞を受賞するにまでに成長。奇しくも、下記のような記事が日本国内でもこの記事と同じタイミングでリリースされているように、スターリングはもはや「別格」とでも言うべき領域に達してしまっていた。

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この記事は、こんな一文で締めくくられている。

スターリングはゲームモデルを把握し、求められている役割に完璧に適合している。だからこそ、彼は限られた思考のリソースを「細部の向上」に割くことができる。進化の過程にある24歳は「グアルディオラの哲学を体現するアタッカー」として、さらなる高みへと挑む。

スターリングもベルナルドも、トラディショナルな価値観で捉えた「サッカー選手」として優れているだけでなく、「戦術理解と状況判断にも優れたモダン・フットボールの化け物」でもある。そんな化け物たる彼らと比べた時に、何とか食らいついていける可能性を最後に示したマフレズとは対照的に、サネは残念ながら一段落ちる言わざるを得ない。確かに、得意な形にハマッた時の破壊力は世界的に見てもトップオブトップであることは疑いようがないのだが、問題はその得意な形以外でのパフォーマンスである。チームの置かれている状況を理解し、継続的に相手の脅威となり続ける自律的な選手たること。これこそがいかなるポジションにおいてもシティの選手に求められていることであり、またペップが最も求め続けていることでもあるが、サネはそんなシティの選手たちの自律分散的な状況判断のネットワークの埒外にいることが非常に多かった。有りていに言えば、「ゲームに入れてない」ことが多かったとも言えよう。また、同じくフィットしていなかった感の否めなかったマフレズが、最終節には主役となって来シーズンに期待を抱かせるほどの進化を短期間に遂げたのに対し、サネは最後まで同じだった。状況を限定すればスペシャルだが、そうではない状況では簡単にゲームから消え去ってしまう。ペップからすれば、何度同じミスを重ねるのだろうという気にもなるであろう。ベルナルドやマフレズが示したような進化を、サネだけはまだ掴みきれないままでいる。

だからこそ、と言うべきか、サネはたまに先発のチャンスを掴んでも前半だけで変えられてしまったり、チャンピオンズリーグやプレミアビッグ4との対戦等のビッグゲームでもベンチを温めることが多くなった。そんな中でも、唯一スーパーサブとして重宝されたのもまた偶然ではない。この起用法は、ゲームのコンテクストを無視して(あるいは極度に単純化して)ストロングポイントだけで勝負できる起用法である。どうしても得点が欲しいゲームで、かつ展開がオープンになりつつあるのであれば、彼の強みは十二分に発揮できる。それを見事に示したのが、CLでの奇しくも古巣であるシャルケとの1stレグであった。だが、スーパーサブではなく、もう少し長い時間で使おうとすれば、コンテクストを共有し、誘導し、そして破壊する判断力が求められるのがシティのフットボールである。そう考えれば、彼の立場や限定的な起用法は必然であり、単なる理不尽な不遇ではないことがわかってくるだろう。

幸か不幸か、サネへの興味が伝えられるバイエルン・ミュンヘンのように、ウィンガーにはシンプルに「ワイドアタッカー」としての能力を第一の要求とするチームは今なお少なからず存在する。恐らく、そういったところに行けばサネは必ずや結果を残し続けるだろう。だが、同時にそこで彼は「非常に優れたウィンガー」として以上の地位を手に入れられることは決して無くなってしまうということでもある。そう考えれば、今彼の眼前に広がっている選択肢は、実は彼自身のフットボーラーとしての限界を決めうる選択でもある。昨シーズンのデ・ブライネや今シーズンのスターリング とベルナルド・シウバのような「異次元レベルのアタッカー」になるのか、はたまた世界を制したバイエルンの両翼”ロベリー”のような「非常に優れたウィンガー」となるのか・・・。そのどちらの「コンテクスト」を彼が選ぶのかを、ルロイ・サネの尋常ならざる輝きを知る者として、心から注目し続けていきたい。